2月4日、立春。3月並みの穏やかな陽気に誘われ、鞍馬寺へ。国宝の仏像に会える霊宝殿は冬期閉鎖中ですが、(新型肺炎の影響もあり)観光客が極めて少ないこの時期、鬱蒼とした自然の「厳しさ」と「優しさ」の両方を肌で感じることができました。
今回のブログでは、鞍馬~貴船に抜けるルートを歩いて実際に見たもの感じたものを紹介します。
(わずか2kmの行程ですが、アップダウンが結構きついのと、山の霊気や美しさにいちいち足を止めていたので、3時間かかりました)
~体感編:目次~
1.山門~ケーブル山上駅~本殿金堂
・弁財天社の水琴窟
・本殿金堂と金剛床
2.神秘の奥の院へ
・息つぎの水
・背比べ石
・深海底だった地層
・木の根道
・僧正ガ谷不動堂と義経堂
・奥の院魔王殿
3.魔王殿~西門(貴船川)
・極相林
・まとめ
1.仁王門(山門)~ケーブル山上駅~本殿金堂
叡電の終点「鞍馬」駅から参道を上り、山門へ。ご覧のように誰もいません。
御所の真北12kmにあたる鞍馬寺は、平安京の北方守護の寺院でした。四天王の北方守護神、毘沙門天を祀っています。寅の月の寅の日の寅の刻に降臨したことに因み、阿吽の虎が出迎えてくれます。
山門をくぐり、さらに階段を進むとケーブル乗り場です。
清少納言が『枕草子』で、「近うて遠きもの、鞍馬のつづらをり(九十九折り)といふ道」と挙げています。平安貴族の女性たちが急勾配の九十九折り道を上り下りしていた、と『更級日記』にもあります。
九十九折りは、山門から本殿金堂まで、曲がりくねった1,058mの道ですが、私はケーブル200m+徒歩456mのショートカットで。
密教の法具、三鈷杵(さんこしょ)をご存知ですか?
鞍馬山はちょうど三鈷杵の先の部分に似ているそうです。
本殿金堂のあるところが真ん中の尾根で、その両側に谷があり、さらに外側に尾根が走っているそうです。
ケーブル乗り場のある「普明殿」にジオラマがありました。
ケーブルを降りると多宝塔があり、そこからすでに深山幽谷の雰囲気を醸し出す道を進んでいきます。
◆弁財天社の水琴窟
途中、弥勒堂、転法輪堂などがありますが、ぜひ「巽の弁財天社」にお参りしてください。
小さなお堂ですが、そこに耳を寄せると、「水琴窟」の清らかな音が聞こえてきます。弁天さまが奏でる琵琶の音かと思うほど幻想的です。庭園や茶室にある水琴窟は竹の筒に耳を当てるものが多いですが、そのように仕組まれたものではなく、水滴が石をうち反響する自然の音だと思います。変な格好で張り付いている私をみた高齢のご夫婦に「なんですか?」と尋ねられました。そのご夫婦も長いこと聴き入っていられました。
◆本殿金堂と金剛床
鞍馬弘教総本山の「寺」とはいうものの、ここは宗派の垣根を越え、神道とも融合し、さらに森羅万象を司る「宇宙の大霊」を本尊としているスケールの大きな聖地です。中心道場は「本堂」ではなく「本殿金堂」といい、神社と寺院を合わせたような名称です。(真正面撮影は遠慮しました)
このお堂の中で入手した『鞍馬寺小史』の最終ページに、このように書かれています。
「鞍馬山の仁王門は常に万人に向けて開かれています。〈中略〉 口称念仏をしようと、お題目を唱えようと、祝詞をあげようと、はたまたアーメンと唱えようとご自由です」
宇宙の大霊は尊像として具現化され、本殿金堂の内々陣に祀られています。60年に一度、丙寅(ひのえとら)の年に開帳される秘仏です(前回は1986年なので、次は2046年)。
毘沙門天…太陽の精霊(光の象徴)…中央
千手観音…月の精霊(慈愛の象徴)…向かって右
護法魔王尊…大地の霊王(活力の象徴)…向かって左
これら三尊を合わせて、三身一体(さんじんいったい)の「尊天」としています。
薄暗いお堂の中で一人瞑想する外国人の姿がありました。私にはお堂の奥の厨子の中に閉じこもっているご本尊のイメージは湧きませんでした。やはり自然の精霊を感じたくて、外に出ました。
本殿金堂の前庭に、六芒星のマークを象った敷石があります。金剛床です。おそらく(私の解釈ですが)三身一体の尊点を正三角形で表し、それが天から降りてくるのと、天に昇っていくのをシンボル化しているのではないでしょうか。
六芒星の真ん中に立って、ちょうど頭上に輝く太陽の光を全身で浴びました。そして、本殿金堂を背中にして南を向くと、視界が大きく開けます。左手の比叡山をはじめ、ぐるりと山並みが続いています。しばらく瞑想していると、爽やかな風がさあ~っと通り過ぎ、遠くから梵鐘の音がゴ~ンと響いてきました。じんわり沁み込むような深い音色です。
正面は龍ヶ岳(登山した方のブログを見ると、あちらからも鞍馬山が見えるそうです。当たり前か…)
2.神秘の奥の院へ
本殿金堂から864m先の魔王殿を目指します。
なかなかの急階段を上り、以降、上りが続きます。途中、ジュラ紀の地層が露出しているところがありました。
(ジュラ紀:2億1200万年前~1億4300万年前。恐竜が出現した頃 『広辞苑』より)
◆息つぎの水
俗にいう「鞍馬天狗」に兵法を習った牛若丸(のちの義経)。後述の僧正ガ谷が道場で、そこに向かう途中、ここで息つぎをしたそうです。今も枯れることなく清水が湧いています。
◆背比べ石
7歳で鞍馬山に入り、この地を駆け巡った牛若丸。16歳で鞍馬山を後にし、義経と名乗ります。
名残を惜しんで背比べをしたという石。1.2mなので、幼かった自分と今の自分を比べたのかもしれませんね。
◆深海底だった地層
この辺りから三畳紀の地層が見えてきます。説明板には「三畳紀前期、深海底に静かに堆積した」とあります。三畳紀は、前述のジュラ紀のひとつ前の区分です。『広辞苑』には、2億4700万年前以降で、アンモナイトが全盛期だったとあります。強烈な地殻変動が起こって、隆起したのですね。
◆木の根道
背比べ石付近から次の僧正ガ谷にかけての一帯は、地盤が固く土壌層が薄いため、杉の根が地表に這っています。なるべく踏まないように、と注意書きがありましたので、立ち入らず写真だけにしました。
道中ずっとついてきてくれた太陽。
ここではとくに神々しさが増して見えました。
◆僧正ガ谷不動堂と義経堂
この一帯は牛若丸が大天狗「僧正坊」に兵法を習った場所です。(ちなみに愛宕山も天狗で有名ですが、そちらは通称「太郎坊」) 不動堂には最澄が刻んだと伝わる不動明王が祀られています。
すぐそばに小さな祠があります。義経堂です。兄の頼朝に追われて奥州で敗死した義経の魂は、この懐かしい鞍馬山に帰ってきたと伝わります。鞍馬山では義経を「遮那王」として神格化し、ここに祀っています。遮那とは毘盧遮那(ビルシャナ。奈良の大仏がそうです)のことで、やはり宇宙の根源(=大日如来)の象徴です。
この写真を撮った後、驚くことがありました。風ひとつなかったのに、突如木々の梢がゆっさゆっさと揺れるほどの風が吹き始めました。「あ、天狗さんだ」と思ったとき、「ギギーッ、ギギーッ」と軋むような音が響いてきます。普通に木が揺れるだけでは聞いたこともないような、圧力が加わって大枝がたわんで擦れるような、そんな音です。響き渡る音を辿って見上げても、生き物の姿は見えません。「ギギーッ」は断続的に響いてきます。
少し怖くなって(人っこひとりいないので)、先に進むことにしました。すると、風も「ギギーッ」音もぴたりと止みました。あ~びっくりした、と独り言。
◆奥の院魔王殿
ここからは下り坂を進みます。そしてついに、魔王殿が見えてきました。
鞍馬寺で最重要の聖地です。ここに護法魔王尊が降臨したと伝わります。
『鞍馬山小史』から抜粋します。
「奥の院魔王殿は、累々たる奇岩の上にあります。この岩が水成岩でサンゴやウミユリなどの化石を含んでいますので、二億六千万年前に南洋の海底にあったものが、永い年月をかけて北上し隆起したことがわかります。そしてこの一帯が実は磐座なのです」 (p9)
魔王尊は地球の霊王として、地球全体や人類、生類一切の進化を促すそうです。
「魔王尊のはっきりしたお姿は誰にもわかりません。太古に金星から降臨したまま、〈中略〉変幻自在さまざまなお姿を現すからです」 (p10)
本殿金堂に祀られる秘仏のお前立は、頭に兜巾を被った行者風のいでたちで、長い髭をはやしていますが、なんと背中に羽根がついています。変幻自在の姿のひとつが天狗なのでしょうか。
(余談ですが、鞍馬寺の天狗はヘブライ人だという説を聞いたことがあります。古代イスラエルには山岳信仰があり、それが日本に伝わったというのです。天狗は兜巾を被り、「虎の巻」を持つ姿で描かれることがありますが、ヘブライの修行者も兜巾と似たものを被り、「トーラースクロール」を持つというのです。ダジャレみたい。確かに、六芒星はダビデの星と同じです。もしかして、日本から古代イスラエルに伝わったのでは?)
3.魔王殿~西門(貴船川) 最後の下り坂573m
魔王殿には手前にある拝所(屋根付きで、椅子が並ぶ)からお参りします。写真で見えるように、魔王殿に張られた幕には天狗の団扇のようなマークがついています。しかし、これは菊の花びらを横からみたものだそうです。
「左きふねぐち」の道標に従い、ここから最後の下り坂573m。かなり急です。
◆極相林
周囲は「極相林」と呼ばれる一帯。説明板を要約するとこうなります👇
裸地 ➡ 草 ➡ 陽樹 ➡ 陽樹の下に陰樹 ➡ 陰樹が陽樹を追いやる ➡ 陰樹だけで安定
この期間200~310年
鞍馬山で、ここが陰樹だけの極相林。カシ・サカキ・ツバキ(照葉樹)やツガ・モミ(針葉樹)があるそうです。
そうか、椿も陰樹として生き延びてきたのか…
たくましい樹木なのですね。
ひょっこりこちらを向いて咲いていました。
西日を受けて、きらきら。
昼食抜きで3時間、さすがに疲れてきたところで、まるで龍のような老木がありました。
とぐろを巻いて、首をもたげています。
龍神さまみたいだと思った瞬間、貴船川のせせらぎがこだましてきました。
やっと鞍馬寺の西門に到着です。門を出て赤い橋を渡ると、貴船街道です。下り坂が堪えて、膝がぷるぷる震えていました。それでも気分は上々で、その後さらに2km先の叡電「貴船口」駅まで歩き、今日の旅を終えました。
そういえば、西門から魔王殿に上ってくる人も数人いました。若い人でも杖をつきながら、ハアハア息を切らしていました。健脚でなければ、今日私が辿った順路がお勧めです。
◆まとめ
今日のルート:1,893m
次回は、霊山あるいは聖地と呼ばれるにふさわしい、太古からのドラマチックな歴史を紹介します。